ヘイトスピーチは差別問題に含まれるが、差別がなぜ起きるのか、だ。それは、在特会のような無知がいるからなのか

正義だとか愛だとかではなく、そんなスイッチではなく、思考のスイッチが入らないといけない。教えられた正義も疑う、だ。
なぜ、ヘイトスピーチが悪いのか、反対している人も、感覚的にしか反応しないから、ヘイトスピーチは生き延びる。
差別やヘイトスピーチの問題は、差別された側、ヘイトを言われた側が傷ついた、から一歩思考を前へ進まなければいけない。
ヘイトスピーチは差別問題に含まれるが、差別がなぜ起きるのか、だ。
それは、在特会のような無知がいるからなのか。
では、なぜ、在特会が生まれてしまう社会とは何なのか、なのだ。
「私は差別をしない「善良」だと言い切る」その無邪気こそが、思考停止である、と私は断じる。こういう「善良」な人による中指をつきたてる、になんら意味があるのだろうか。そして、はすみとしこのイラストに「いいね」をしただけでプライバシーが暴かれていいのだろうか。そういう「善良なテロ」は社会を息苦しくする。
人はその構造や制度に置かれればそれは「差別」に無自覚に加担してしまうのだ。
たとえば、あなたの勤務先に外国人が働いており、「外国人だから」という理由で賃金が不当に低ければ、そのことに関心を抱けないことが「差別」である。そういう無自覚の差別に気が付かない「善良な無知」が多い。


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