日本社会は「間引き」で動いている

日本社会の見えざる原理は「間引き」だ。
間引きはそうだし、楢山節考は老婆の間引き、切腹は武士を間引き、心中は自ら間引かれあの世で思いを遂げる、現在だって過労死も間引き、リストラも間引き、日本社会のいや~な体質は間引き。
とにかく食い扶持を減らす。日本社会の原理。
だが、それはなぜそうなるのか?
その考察が抜けている。
当然、富の偏在、収奪が横たわっているからだ。
自己責任が跋扈する現代日本社会は現代版・間引きが横行している。
独居老人、生活保護をきられて餓死は、まさに間引きだ。
それは楢山節考なのだ。
なぜ、日本社会には「救済」という視点がそっくりかけているのか。
それは謎だ。
だが、一時期勃興した雨宮処凛、湯浅誠が率いた運動は「救済の視点」はあった。その「運動」は今、なぜ消えてしまったのか。
そんなことを最寄りの駅にいつも立つ「ビッグイシュー」の販売員を思い出しながら書いてみた。


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