それでも自衛隊は違憲である

自衛隊がいつから日本人民を他国の侵略から守る「自衛軍」のような存在として日本の人民の感覚に浸透してしまったのか。私には不思議でたまらない。
自衛隊のルーツは、朝鮮戦争の際、マッカーサーが超法規的に日本政府に作らせた警察予備隊である事実を知っていれば、自衛隊が日本の人民(SEALD’S風にいえば「国民」)を守る、などと言えない。言えば腹をよじって笑うだけだ。

7月8日、マッカーサー元帥は吉田茂首相に対し、「日本警察力の増強に関する書簡」を提示した。この書簡においては、「事変・暴動等に備える治安警察隊」として、75,000名の「National Police Reserve」の創設が要望されていた。公表された書簡では左記の表記が採用されていたが、GHQ部内資料である「日本の安全保障諸機関の増強」(Increase in Japanese Security Agencies) においては「Constabulary」(警察軍)と称されており、アメリカが第2次大戦前にフィリピンで創設していたフィリピン警察軍(英語版) (PC)、アメリカ軍政庁統治下の南朝鮮で創設していた南朝鮮国防警備隊(現在の大韓民国陸軍)のような対反乱作戦部隊を想定していたものと考えられている
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E4%BA%88%E5%82%99%E9%9A%8A
この事実が自衛隊のルーツである警察予備隊である。
いったいこの創設の過程に日本人民を他国からの侵略を守るため、という言葉があるのか。
存在するのは「事変・暴動等に備える治安警察隊」である。
そう、むしろ、人民の反乱を鎮圧するためである。

警察予備隊は、朝鮮半島に出動した在日米軍の任務を引き継ぐものとして創設されており、朝鮮戦争開戦時において在日米軍が行なっていた任務がほとんど治安維持のみであったことから、上述のとおり、当初は軽装備の治安部隊に近いものとして構想されていた。しかし朝鮮戦争の戦況悪化、ことに11月25日の中国人民志願軍参戦を受けて、マッカーサーは、自由主義陣営が極東において共産主義陣営とまさに対峙しつつあるという危機感を強め、警察予備隊を重武装化する方針を示した。

ソウル再陥落の前日となる1951年1月3日、マッカーサーは、「朝鮮戦争における要求に匹敵する優先度」を持つものとして、警察予備隊に必要とされる兵器リストをアメリカ合衆国陸軍省に提示した。これはM26パーシング307両を含む760両に及ぶ装軌車両など、ほぼ米軍の4個歩兵師団に相当するものであった。2月9日、アメリカ統合参謀本部はこの要請を基本的に承認したものの、国務省の反対やマッカーサーの更迭などによって、重装備化は遅延を余儀なくされた。しかし警察予備隊の第5期訓練より、これら重装備については在日米軍の保有機材を使って訓練が開始されており、保安隊に改編される直前には、既に軽戦車や榴弾砲など、一部重装備の供与が開始されていた。

警察予備隊の創設、および再武装化はポツダム宣言や日本国憲法第9条に抵触するものであるとして、ただちに極東委員会でソビエト連邦の反発を招いた。また、日本国内でも左派・共産主義者が連携し、国会でも重要な議題となり、最高裁判所に違憲訴訟が起こされた。吉田は自前での装備品調達は諦め、当面は国連軍から貸与(レンタル)されるという形でこの批判をかわした(装備品が自弁主義となったのは1954年の日米相互防衛援助協定以降)。

また、指揮系統をより強固なものとするため、旧軍軍人の追放解除も検討されるようになった。まず6月1日、旧軍の影響が少ないものと期待された陸軍士官学校58期生より、245名が第1期幹部候補生として入校したが、58期生は少尉任官が終戦直前であったために実務経験が乏しく、期待されたほどの効果はなかった。このことから、逐次に佐官級まで募集が拡大され、10月1日には405名の元佐官が、12月5日には407名の元尉官が採用された。

マッカーサー更迭後にGHQ総司令官に任ぜられたマシュー・リッジウェイは、朝鮮戦争の国境会戦において、政治任用された韓国軍の一部高級将校が重大なリーダーシップの欠如を示して壊乱の端緒を作った一方、旧日本軍・満州国軍での軍役経験のある韓国軍指揮官の少なからぬ部分が健闘を示したことを考慮し、大佐級の旧軍軍人の追放解除を検討するようになった。しかし、日本政府が服部たちについての不安を表明したこともあり、大佐級の高級幹部の追放解除は、保安隊への拡張改編を目前に控えた1952年7月まで遅れることとなった。旧陸軍10名、旧海軍1名が7月に採用決定され、保安隊発足後の8月20日に入隊している

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E4%BA%88%E5%82%99%E9%9A%8A

そして警察予備隊は「マシュー・リッジウェイは、朝鮮戦争の国境会戦において、政治任用された韓国軍の一部高級将校が重大なリーダーシップの欠如を示して壊乱の端緒を作った一方、旧日本軍・満州国軍での軍役経験のある韓国軍指揮官の少なからぬ部分が健闘を示したことを考慮し、大佐級の旧軍軍人の追放解除を検討するようになった。」という過程を経る。
戦前の軍国主義者が闖入してきたのである。
ここまで読んでも「自衛隊」は人民を守るという「幻想」に浸りたい人は浸っていてください。
ですが、現実は、人民(SEALD’S風にいえば「国民」)を守るもない、ただ、当時の防共のために作られた組織が「警察予備隊」であり、その「警察予備隊」が自衛隊のルーツであることを見れば、いったい、どこに人民(SEALD’S風にいえば「国民」)を守るのか。バカも休み休み言え、だ。

ちなみに「警察予備隊違憲訴訟」というものがあり、原告の訴えは却下されていますが、この訴訟の最高裁の裁判長が田中耕太郎という戦前の法曹界の生き残りです。そんな国体主義者が、人民の訴えを聞くわけがない。日本の裁判所はそのような戦前の法曹界の国体主義者の生き残りの巣窟です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E4%BA%88%E5%82%99%E9%9A%8A%E9%81%95%E6%86%B2%E8%A8%B4%E8%A8%9F
そして警察予備隊は保安隊に成長する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E5%AE%89%E9%9A%8A
1950年(昭和25年)8月10日に施行された警察予備隊令が講和条約発効から180日後に失効することから、日本政府は1952年(昭和27年)7月に保安庁法を成立させ、総理府の機関であった警察予備隊のうち「本部」及び「総隊」を保安庁の「内部部局」及び「第一幕僚監部」に移行させ、「管区隊その他の部隊等」は警察予備隊の名称のまま保安庁の機関に移管、2ヶ月半の準備期間を経て保安隊に改編した。保安庁法では、警察予備隊令に明記されていた「警察力の不足を補う」という文言がなくなり、独自の保安機関であることがより明確となった。

そして自衛隊に成長する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A
日本国憲法の下、専守防衛に基づき、国防の基本方針および防衛計画の大綱の定めるところにより、他国からの直接および間接侵略に対して、国民の生命と財産を守ることを基本理念とする。内閣総理大臣が内閣を代表して最高指揮監督権を有し、防衛大臣が隊務を統括する。陸、海、空の三自衛隊を一体的に運用するための統括組織として統合幕僚監部が置かれ、防衛大臣は統合幕僚長を通じて、陸海空自衛隊に命令を発する。

自衛隊に成長してからようやく「国民の生命と財産を守ることを基本理念とする」ということがうたわれることになった。

日本国憲法第9条は国際紛争を解決する手段としての”戦争の放棄”と”戦力不保持”、ならびに”交戦権の否認”を定めているが、政府見解によれば憲法は自衛権の放棄を定めたものではなく、その自衛権の裏付けとなる自衛のための必要最小限度の実力は憲法第9条第2項にいう「戦力」には該当しない。よって、日本を防衛するため必要最小限度の実力を行使することは当然に認められており、これは交戦権の行使とは別の観念であるという立場に立っている。こういった憲法上の制約を課せられている自衛隊は、通常の観念で考えられる軍隊とは異なるものであるが、他方、自衛隊は国際法上は軍隊として取り扱われており、自衛官は軍隊の構成員に該当するものとされている

先ほどのウイキペディアから引用したのが上記の文であり、「政府見解によれば憲法は自衛権の放棄を定めたものではなく、その自衛権の裏付けとなる自衛のための必要最小限度の実力は憲法第9条第2項にいう「戦力」には該当しない。よって、日本を防衛するため必要最小限度の実力を行使することは当然に認められており、これは交戦権の行使とは別の観念であるという立場に立っている」から逸脱したことを安倍の集団的自衛権閣議決定→安保法制強行可決に対して、この政府見解、つまりは従来の自民党政治家・官僚の言い分をなぜか反安倍が踏襲しているのはいささか奇妙な事態である。

いくら、戦力を実力に言い換えようが、自衛隊の武器は「戦力」である。
その「戦力の誇示」を今、安倍はなぜか、誇らしげに行っており、従来の政府見解のでたらめささえ無視しだした。従来の政府見解さえでたらめであるのに、その見解より、でたらめなのが、安倍首相であり、反安倍は、安倍のでたらめを従来のでたらめに戻す要求を行っているに過ぎない。
ちなみに「戦力」を「実力」と言い換える官僚的悪知恵を、政府以外の場所で私はみつけた。大月書店のマルクス・エンゲルス全集に「暴力」を「強力」と言い換える「日本共産党見解」である。
官僚をバックにした自民党政府も官僚体質の日本共産党も言葉の言いかえを行う東大話法の国民不在の政治目的の実行者であることでは一致している。

従来の政府見解は「自衛隊は違憲」だという野党・人民の主張に対してなされたものである。過去、日本の野党・人民は「自衛隊を違憲」として見る感覚が大勢を占めていたのである。

芦田修正が「国際紛争を解決する手段として、」につなげるように「戦力を保持しない」という第9条の組み立てを行ったのは歴史的事実だが、当然ながら、日本の紛争も「国際紛争」であるので、それが「自衛」であろうが、「戦力」は保持できないのである。

日本国憲法第9条
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

そして、この第9条からどうやって「自衛権」を導き出すのか。
それは相当、頭が変人でないと導き出せない「理屈」だ。

他国から「侵略」が起きた、と、自衛権発動だ!と国家が主張する、そうなると「国権の発動たる戦争」は「侵略戦争」だけに該当してくるのか。
さらにだ、「国の交戦権は、これを認めない。」とまであるから「自衛権」はこの「交戦権」とどう違うのか。
従来の政府見解もでたらめだったのだ。
そのでたらめな政府見解に引き戻すというのが、現在の反安倍の動きであって、そんなバカな話はない(笑)。

あまりにも安倍首相の政策が乱暴きわまりないからといって、過去の乱暴にみえない自民党に戻そうと言っても、自民党は改憲という目的はブレていないから、過去の自民党を郷愁していても仕方がない。
今でも河野太郎氏のようなまともな政治家も自民党にいなくもないが、その政治家が、自民党を変える、というような動きをしない限り、党組織の自民党は安倍路線を継承し、なぜか、野党は過去の自民党見解に立つ、という極めてばかばかしい事態が現在の日本の政治状況であり、この状況が「全体主義」である。

もし、自衛権を日本国憲法第9条から導き出すならば、自衛隊そのものが人民の発案でなければならないはずだ。
それが、自衛隊のルーツが「マッカーサー」の「指示」の「警察予備隊」では、自衛権の説得性はない。っていうか、ギャグじゃね(笑)

さらにだ、もし憲法第9条に自衛権を導き出したいのであれば、主権者の人民から言わなければならないが、過去の人民は自衛隊は違憲という感覚が大勢を占めていたから、「憲法は自衛権の放棄を定めたものではなく、その自衛権の裏付けとなる自衛のための必要最小限度の実力は憲法第9条第2項にいう「戦力」には該当しない。」という従来のでたらめ官僚の作文になるのだ。

自衛隊の存在こそが、官僚のでたらめ作文を大量生産させるきっかけともいえるし、装置だ。

嘘を嘘でないように、塗り固める存在のおおもと、それが自衛隊だ。

自衛隊は違憲である。

自衛隊は合憲論者が、なぜか反安倍に巣くおうが、それでも自衛隊は違憲である。


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