どうも勘違いがある。ジュンク堂のブックフェアについてだ

どうも勘違いがある。ジュンク堂のブックフェアについてだ。
ジュンク堂非公式アカウントが、「表現の自由」を盾に「ジュンク堂」に闘うそうだが、誰に対する「表現の自由」なのだ。
企業が、クレームを受けてそのことで商品を撤去するのはなにもおかしくない。むしろ、このジュンク堂非公式アカウントのフェアを行った側が「闘い方」を知らないから起きた、撤去だ。
そもそも勘違いがある、本屋は、一企業であって、「クリエイター」とやらの「発表」の場ではない。
これが博物館であれば、確かに「表現の自由」を根拠に「作品」撤去を「表現の自由」の侵害と大きくいえるが、単なる商品、それも安倍政権が、その商品をマークしたわけでもない「人畜無害な商品」(商品は当然ながら交換価値を有し、これら「民主主義系商品」は「日清カップラーメン」と貨幣を媒介にして交換できる商品に過ぎない)を守ることのどこに「闘う」「表現の自由」が存在するのだ。このジュンク堂店員は相当、頭が悪い。
だが、この撤去により、その書店担当者に懲戒を行った場合、その懲戒が妥当なのか、で争う余地は発生する。
さらに労働条件の引き下げがあれば「争う余地」は充分に発生するが、今の段階では、単に「商品」が顧客の多大なクレームによって、撤去された。たったそれだけである。
このことに異論がある人間は「本」は資本主義社会では「文化財」でもなんでもなく「商品」である、本屋はその「商品」を売ったことにより、剰余価値を発生させる。
書店員は、本屋がその本を売った「代金」から賃金を「労働力商品の対価」として、受け取り、風俗へ行くことも可能だ。
これを式に表すと、本→貨幣→風俗、だ。
このような風俗に交換可能な商品が資本主義社会における「本」であって、それはクリエイターだとか文化人の「魂」の叫びではない。それは風俗と交換可能な商品だ。
なぜ、資本家に雇われたに過ぎない書店員がクリエイター気取りで「表現の自由」だとか叫ぶのか。
ジュンク堂非公式アカウントはバカなのか?
ジュンク堂ブックフェア及び出版のヘイトスピーチを考える会は、バカである。
もしジュンク堂のその店員がバカであるという汚名を挽回したいのであれば岩波文庫を現在以上に売ることだ。だったら認めてやる。


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