デモはアイドル産業の場なのか?SEALD’s現象について

SEALD’sの登場でいつの間にか「平和主義者」はワンピースの登場人物かスラムダンクの登場人物かほか少年漫画の登場人物のようなマインドを持たされてしまった。そして、ネット右翼は室内にいるキモイアニメオタクというこれまた偏見を助長してしまった。
結局、SEALD’sが行ったことはこういった日本に存在するステロタイプの偏見をなんら誰も疑いなく広げてしまったことである。
デモはアイドル産業の場なのか?
SEALD’sの登場によりデモが資本主義の自己啓発を肯定する場になってしまった。
それをほめる「内田樹」だとか「中野晃一」だとか「茂木健一郎」だとかはどうやら自分が資本主義世界に生き、自分がどんな役回りをさせられているかをわかっていない「文化人」である。
SEALD’sをみてほくそ笑んでいるのは、資本家である。
なぜなら、彼ら若者は「承認」さえ与えれば徹夜を毎日でもいとわない。
さらにデモの掃除までしてくれるこんな素直な若者、ブラック企業に最適、と資本家は喜んでいる。
バカな文化人は、SEALD’sのような社会に関心がある若者こそ企業に必要だ、とまるで夢を平気で白昼堂々語るが、そんなことはありえず、資本家は労働力だけがほしいのであるから、しかも低廉な、SEALD’sのようなひたすら純粋にひたむきにうちこむ若者こそブラック企業に最適だ、と資本家は喜ぶ。
デモ?ふふふ、そんなもん、わが社に入れば、できるわけないじゃないか、わはははは。
今のうち、遊んでおきなさい、だ。
それが資本家だ。
夢を持たせるようなことをいう文化人は、なぜか、特に「左派」に多いのは不思議である。先の奴らである。

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