SEALD’sのデモの影響力は佐藤正久のパンチとして表現された

SEALD’sのデモの影響力は佐藤正久のパンチとして表現されたのである。
SEALD’sと佐藤正久は無論関係なければ、さらにSEALD’sが議会にいたわけでもない。
SEALD’sは相変わらずの「戦術なき」デモをまるで国会前で学園祭のように行っていただけだ。
ちなみに申し訳ないが、SEALD’sのデモは間延びした。今後行う必要性はない。
今後SEALD’sがデモにこだわったら、それは単なる「沽券にかかわる」でしかない。あなたたちの役割は終わったのだ。
なぜ、SEALD’sのデモが佐藤正久のパンチとして表現されたのか?それは、安保法案賛成側の自民党の議員はSEALD’sのSNS動員に不安を抱いたその心理ではないか。その不安心理が、佐藤正久のパンチとして表現されたのである。
それは、自民党がSEALD’sの力を認めたことになるのだろうか?
そうではない。
そのSNS動員の無方向性の見えざる「暴力」を元・自衛隊員の佐藤正久は感じ取ったのではないか。
つまり、佐藤にとってSEALD’sのデモほか諸団体のデモは「鎮圧対象」である。
銃を向け、戦車でひき殺す「対象」である。
それが「国家の暴力装置」を具体的に担う「軍隊(自衛隊)」の国家から要請された見えざる「使命」である。
だが、佐藤正久は元・自衛隊の文官であるから、そのような「暴力装置」を操作できない代わりに、無意識に沈下した「暴力装置」の「使命」を、民主党議員・小西へのパンチとして「転移」させたのだ。
これはつまり「代償行為」である。
であれば、このような「代償行為」が今後も予想されるので、即刻デモは中止すべきだ。
山口二郎だとか中野晃一という観念上の左翼文化人は、「若者が立ち上がった」で思考停止してしまっている。彼らは動員された集団の、それもコントロールがとても弱い不定形な暴力を予想しないように「否認」している。動員された不定形な暴力はすでにSEALD’sは中核派排除という「観念上のテロル」の具体化として表現されていることが兆しである。
SEALD’Sの今後の方向は「中核派排除目的のテロ」しか行うことはない。彼らはもう終わった、即刻デモをやめなさい。
今後、SEALD’sが間延びしたデモを行うと必然的にそれは「敗北主義のテロ」へ転化するだろう。
それは危険だ。
私は、さっさとSEALD’sが国会前から退陣することを希望する。
退陣できなければ、それこそ「反民主主義」である。
私は安倍晋三と同時にSEALD’Sにも退陣を要求する。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 社会思想へ
にほんブログ村

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中