SEALD’sこそが「ファシズム」であるから日本の権力はその意味を理解できていない

SEALD’sこそが「ファシズム」である。彼らは旧国体主義者にはむかう近代的な「ファシスト」である。
近代日本では封建遺制が残存しているので、「ファシズム」の概念があいまいにとびかっている。
まず、前提として「ファシズム」は英米蘭仏の帝国主義ブロックに対する防御策でしかないことを理解する。ファシズムが戦争を志向する、というのはほぼ間違い。
スペインではフランコに対する内乱はあったものの戦争を志向せず、フランコは1970年代まで「ファシスト」として君臨したのである。
そして、日本では、「ファシズム」誕生前から明治天皇制権力は「ファシズム以上」の凶暴さでもって人民をすでに弾圧を繰り返してきたのである。
日本はナチスやムッソリーニが登場する以前に、関東大震災直後、朝鮮人虐殺というホロコーストが行われていたのである。
つまり、日本の国体主義権力のほうが、残虐なのである。
さらにいえば日本の国体主義者は、2.26クーデターという「ファシズムの可能性」を弾圧したのである。
「ファシズム」そのものはモダニズム運動の反革命の作用である。
ゆえに、SEALD’sこそが「ファッショ」である。
彼らを見てみたまえ、実に「ファッショナブル」ではないか。
これは冗談ではない。
「ファシズム」はファッションや芸術を巻き込んだ近代的な「運動」なのである。
だが、その「近代性」は日本の国体主義者からは、理解不能の弾圧対象である。
とはいっても安倍自民党は一所懸命、ナチスを学んでいるそうだから、ナチス自民党とファッショSEALD’sの「戦闘」という戯画をコミュニスト・志位委員長をまじえ国会前で行われているだけである。
 

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