「自由と民主主義の伝統」は「自由民主党」が握っている

マルクス主義者からみたら共産主義こそが民主主義である。
そして、自由と民主主義は冷戦時代、アメリカ帝国主義国家が主導した西側陣営が防共対ソで唱えた市場経済の矛盾を隠すイデオロギーとして機能させられた。この時代は適度に「西側陣営」では適度に「言論の自由」「表現の自由」「出版の自由」「集会・結社の自由」は、西側がソ連への対抗手段としてこれもまた「市場経済の矛盾」を隠すために使われた。だが、西側の前線国家は「独裁制」がしかれていたのである。東アジアでは韓国の李 承晩政権は「独裁制」であり、当然ながら、「言論の自由」「表現の自由」「出版の自由」「集会・結社の自由」を人民は行使できずにいた。それはアメリカの裏庭の中南米国家もアメリカ帝国主義を支える「独裁制国家」として人民の自由を抑圧していた。但し、キューバだけは「反米国家」である。北半球の先進国が冷戦当時、ソ連に対して誇った「言論の自由」「表現の自由」「出版の自由」「集会・結社の自由」は「独裁制国家」の対をなす「虚妄の自由」であったのである。
日本では自由民主党がその自由と民主主義のイデオローグだった。まさに名は体を表す、であった。自由民主党は単にアメリカ帝国主義に合わせていればいいと言う政策なきブルジョア政党である。「自由と民主主義の伝統」は「自由民主党」が握っているのである。対ソ戦略のイデオロギーとして。
レーガンが仕掛けたスターウォーズ構想を含めた軍拡競争が原因でソ連は財政的にダメージを受け、米大統領がブッシュ父のとき、ゴルバチョフのペレストロイカで、民主と軍縮というどこかで聞かれたフレーズとともにソ連は崩壊した。ソ連が崩壊した、であれば自由と民主主義というイデオロギーを殊更、旧西側は唱える必要性はなくなった。アメリカ帝国主義はなおさら唱えていない。日本は唱えているときは意味をわかっていなかったし、今もわかっていない。その状況ゆえに自由と民主主義なる抽象的なブルジョア政治はもう1989年終了したのである。当時、騒がれたのはフランシス・フクヤマの歴史の終わり、であって、これは言い換えれば、市場主義の矛盾を覆い隠す「自由と民主主義」の「勝利宣言」であった。
そして前段階にサッチャー、レーガン、中曽根の新自由主義トリオによる労働者階級への階級闘争そしてソ連崩壊への戦略こそが自由と民主主義の名で民主主義である共産主義への攻撃の結果、グローバリゼーション化し、新たな帝国主義段階に突入し始めたのであった。自由と民主主義なる観念はリップサービスでしかなかった。その後、湾岸戦争、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、イラク戦争が冷戦終了後の「戦争の現実化」が起きている。これらは冷戦の追憶の「発狂」である。今も冷戦時代の追憶としてアメリカ帝国主義はイスラム国に自由と民主主義を口にしているかもしれない。それもまた右手には銃を持った兵士のリップサービスとして。
日本では「自由」と「民主主義」の「自由民主党」がアメリカ帝国主義の手伝いをしながら、冷戦の追憶の現実化の「戦争」に憲法違反をしながら参加するのである。

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