SEALD’sの脆弱性

単純に言ってSESLD’sの脆弱性は、正しい国家運営をしてね、という願望を安倍政権に要求する、という間違った方向である。国家は悪である、という基本認識のなさこそが「戦後レジーム」の副産物である。
このSEALD’Sの問題で、アナロジーで例をあげれば、小林多喜二の誰もが知る名作?の蟹工船のラストで蟹工船の反乱者はやはり帝国海軍はわれわれの味方だ、みたいなシーンがあって、だがそんな期待は裏切られる。そんなシーンがあったはずだが、それはSEALD’sも政治家が支援してくれる、だが、その政治家がいつでも裏切るとは限らないではないか。政治学者の山口二郎なんか、とても信頼できない。
では何が必要か。
それは「啓蒙」である。
「啓蒙」こそが人類を正しく導くメソッドである。
ゆえにSEALD’Sの問題性を正しく指摘し、国家主義的独善性に陥らない運動の確立を支援者の政治家は言うべきだ。
言わない限り、それもまた蟹工船の「帝国海軍」と変わりない。

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