日本社会は明らかに反動化している

日本社会は明らかに反動化していることがよくわかるのが、羽仁五郎の日本人民の歴史の冒頭の一節です。冒頭から日本書紀、古事記など、新井白石から津田左右吉にいたる知識人が、それは天皇や豪族貴族の尊厳を高めるために製作されたものだ、と挑戦的に記述していることからうかがえる。現在は、それら「天皇や豪族貴族の尊厳を高めるために製作されたもの」の神話がまるで日本国民の「たしなみ」であるかのように下村が喧伝していることからと羽仁五郎の日本書紀、古事記の記述の対比で、日本は反動化している、とこのことは誰の目にも明白な「真実」としてわかるのです。
過去の岩波新書は「羽仁五郎」がラインナップに並んでいたことが、現在の反動化の時代からみると「ユートピア」にみえてしまう。
ちなみに、日本書紀も古事記も当時の先進国・中国に対する日本の貴族・豪族・天皇の「学習」ですよ。これは現代に置き換えれば、トヨタがフォードのテイラー・システムを「学習」した結果とみなせば、別に驚くことでもない。

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