非正規労働者は正規労働者の表面的な労働運動を軽蔑する

大企業の今まで、非正規を手足としか見ず、こき使ってきた正規労働者が、転落して派遣労働者になったからといってそれについては私は同情しない。お前らも苦しめ、だ。
自分たちは、企業の様々の福利厚生をうけておいて、その波及を考えようとしない企業別組合も正規労働者もお前らも派遣労働者になって苦しむがよい。

非正規労働者に正規労働者の「習慣化」した「春闘」はない。

ボーナス闘争もない。

それら、「表面的な正規の労働運動」は非正規から見たら、それこそ全体像を俯瞰しない「正規労働者の観念的な労働運動」だ。それはもう終わっているのだ。

非正規労働者は正規労働者の表面的な労働運動を軽蔑する。

差別を理解できない運動者は何を目的にしているかよくわからない。

非正規と正規の差は「格差」や「資本主義の搾取」からくるという「表面的な教条左翼」の見方を侮蔑する。
それは明らかに仕組まれた「構造的な差別」であり、その「差別」をもとに現在の日本資本主義は延命している。
この「差別」に鈍感な「運動家」は観念的なイデオローグにすぎない。

われわれ、非正規労働者は企業から差別され、労働運動からも見捨てられた孤児のような存在である。

非正規の地獄は非正規でないとそれはわからない。正規が何言おうが、運動家が何言おうが、彼らは決してわかりたくないのだ。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 社会思想へ
にほんブログ村

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中