国民は安倍を選んではいない

安倍首相を批判したらそれを選んだのは国民だ、というもっともらしい嘘をつく人がいるが、嘘の根拠は小選挙区性で得票率25%で、なおかつ、首相を指名するのは国会であって、国民は政党に投票しているといっていい、でなければ政党政治の意味がない。これは安倍晋三の選挙区でも、安倍のことは嫌いだが自民党シンパだから安倍に投票したという人もいるのではないか。
今回はその選挙の手続きの話ではなく、その安倍を選んだのは国民だよ、は安倍政権に屈服しろ、という遠回しのメッセージであって、それは拡大解釈していえば、一億総懺悔への誘導である。一億総懺悔が昭和天皇の責任を国民から忘却させたように、安倍を選んだのは国民だよ、は安倍の責任を国民から追及させないようにする言葉のトリックである、まあ、トリックというほどでもないが。
そして、この安倍を選んだのは国民を反対派の国民もなんとなくそう感じさせることが安倍の狙いでもある。というのは多くの反対派はこういうのだ。安倍を選んだ国民が悪い、と。
反対派に安倍を選んだ国民が悪いと言わせることが安倍政権の目的でもある。
だが、議院内閣制で基本的には政党に投票することが、それが例え無所属でもそれは無所属という「政党」に投票しているのである。
立候補者はその政党の顔でしかない。
そう考えると、安倍を選んだ国民も悪い、は正しくない。
安倍を選んだのは国民だ、もしくは安倍を選んだ国民が悪い、という実際は安倍に投票したわけでもないのに、安倍を選んだ、が一人歩きすると、いかにも安倍が信託されて行っており、その信託の上では国民を犠牲にしても構わない、という論理に安倍の頭脳で転換されてしまうのだ、それが安倍演説ではないか。
国民が選んだでしょ、安倍を、をさらに今後、安倍の提灯持ちが唱え、安倍の欲望を満たす。

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